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木曜日に喫茶店でしか会えない恋の行方は? ビートたけし『アナログ』

ビートたけし『アナログ』

Text/Miiki Sugita



決まった曜日にしか会えない女性との恋と、決まった場所でしか会えなくなった老いゆく母への愛。時代が変われども、そのがむしゃらにまっすぐな気持ちは、激しく胸を揺さぶり、打つ。

いつでも、どこでも、思った時に恋人や好きな人と連絡がとれる時代だ。
たとえ母と離れた場所で暮らしていたとしても、facetimeかLINEビデオ通話につなげば、顔だって見られる時代だ。
電子の海を渡り瞬時に漂着する言葉、感情を代弁または修飾する絵文字やスタンプ。誰かに何かを伝える手段が多く用意されている今の時代に助けられることは多い。

主人公の水島悟は、そんな現代に生きているにしては、古風なところがあり、仕事の仕方も昔気質。空間デザイナーという今風な職業でありながら、CGではなくハサミやのりをつかって、時間をかけて模型を作る。
週末には男3人で焼き鳥屋で酒を飲み、木曜日には決まった喫茶店で意中の人が現れるのを待つ。意中の人がいるともなれば、出張先での接待の一環で段取りされたデリバリーヘルスにも、お金だけ渡して丁重に御断りをする。
分かりやすく言うと、昭和臭さが残る純粋で優しい男なのだ。
だけど、このタイトルに込められた想いは、今の時代やそこに生きる人々へのアンチテーゼでも、問題提起でもない。
最新としてのデジタル、それに対義する古風としてのアナログ、ではないところがとても好きだった。

どう足掻いたって時は流れ、世界は進む。
そんな時代の流れをいとわない、変わらないものとしてのアナログ。
人の行為としてのアナログではなくて、人の中に、内部に在るアナログ。
時代がどうではなく、人と人の間に生まれ、息づく、純粋に強いもの。 ただただそれらを描いた真摯な物語に心が痺れた。
そして、その純愛は恋愛だけではない。
母への敬意と愛もこの物語を大きく揺さぶる要素だった。

「木曜日にピアノで会いましょう」
まさに一日千秋、木曜日を今か今かと待望する主人公の姿が目に浮かぶ週間描写は、気づけばこちらも木曜日が待ち遠しくなってしまうほどだ。 連絡を取る術がないからこそ、想いは募るばかり。
懐かしさとときめきを呼び覚まされるような気持ちだった。

「お前忙しいんだろ? ここは遠いからそんなに会いに来なくてもいいよ」
女手ひとつで息子を育てた母の、老いてもなお強く優しい気丈な母であり続ける姿と、そんな母に恩返しも親孝行もできていないと、帰路に一人涙を流す息子。あとどれくらい、一緒にいれるだろう。
素直に涙を流す男の、切実な思いが痛いほどに伝わって、苦しかった。

「お互いに会いたいと思う気持ちがあれば、絶対に会える」
謎めいて美しい"木曜日の彼女"は、主人公にそう告げる。
その口約束は儚くもどこか心強く、言葉の持つ意味やその本質に立ち返らされた。
目の前の人から得るものほど、自分の目で見る生の情報ほど、確かに心を打つものはない。
会話や仕草の中で感じた好意も違和感も、会わなければ、分からない。
言葉はいつだって、量じゃなく、質だ。
時間もきっと、量じゃなく、濃さだ。
木曜日の逢瀬と母への思慕。
そのどちらもが、そんなことを改めて教えてくれた気がする。

ビートたけし『アナログ』/新潮社