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近頃、ちょっと気になるあの本、この本 #6 【今日も一日君を見てた】

猫と過ごす日々に宿る、やわらかい喜び
角田光代『今日も一日君を見てた』


Text/Miiki Sugita




まだ実家に住んでいた学生の頃、よく猫を愛でて遅刻をしていた。
出かける前だけじゃなく、家にいて何か他にしていることがある時でも「あ、ちょっと猫触ろ」とものすごくはっきりと思い立つのだ。

朝方まで課題をしている時やバイトから帰って寝るまでの間など、ごろんと寝ている猫のお腹に顔を埋めたり、手を撫でたり、首の匂いをくんくんかいたり、おんなじ態勢になって、ただただじーっと見つめ合ったり。
朝起きたらベッドに猫が来ていた時は、殊更に長引いてしまう。
目覚めとともに、猫と生きていることへの喜びが、じわじわとこみ上げる。ああ、しあわせだ。まだ寝ている猫の横で、今日はもうずっとここにいたい、と思う。

「今日も一日きみを見てた」
とてもシンプルで、これ以上のタイトルはないと思った。
猫と暮らしている限り醒めない幸せを、こんなに素敵に表した一言ってあるだろうか。
「猫、病院に行く」「猫、夢を見る」「猫、世界を変える」など猫が経験するさまざまな事柄やその存在からの影響などが、可笑しさと優しさいっぱいに綴られている。思わずウンウンと頷いてしまいそうな一節を見つけては、あの小さくてふわふわの家族の愛らしさに、救われた日々を思い出す。

「調子の悪くなった掃除機の具合を調べたり、空気清浄機のフィルターを替えていたり、障子を張り替えたり、家の人と二人がかりでやらねばならぬ作業をはじめると、どこで寝ていてもむっくりと起き上がり、神妙な顔つきで私たちの真ん中に座るのである。あたかも一家総出で、家の中の問題を解決しているかのように」(あとがきより抜粋)

角田光代さんの紡ぐ物語たちも大好きだけれど、さりげなくも日々の愛おしさに満ちたそれらの言葉は、今はもう猫といない私を、愛くるしい、在りし日に導いてくれた。
ボーナストッラクの短篇小説「任務十八年」では、読みながらつい涙で文字が滲んでしまった。奇跡みたいな出会いには、引き離せない別れがある。共に過ごす幸せな日々の果てにある、いつか命を見送るということ。

上京をするまでに3匹の愛猫を見送った。家に来て1番長い黒猫とは14年の付き合いだった。ほとんど、一緒に大人になったようなものだった。
彼が死んだ時、「ふと、薄手の上着を脱ぐように君がどこかに行ってしまって、僕たちみんな途方に暮れたよ」という呼びかけで始まる短い詩を書いた。

今でも夢にみる。うちに初めて来た時のまだ警戒心が宿る小さなひとみ、几帳面なご飯の食べ方、びっくりした時の顔、丁寧に毛を舐める姿、失恋した時、珍しく喉を鳴らして甘えてくれたこと。動けなくなったからだを持て余すように、命を終えるその時まで、横たわりながら、まるでどこかに走っていくように細い脚を動かしていたこと。
そして、あの嬉しい朝。遅刻の朝。一日きみを見て過ごした、やわらかい日々。

今日も一日君を見てた/角田光代/角川文庫