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近頃、ちょっと気になるあの本、この本 #2【あさのあつこ『I Love Letter』】

スマホを置いて、あの人に手紙を書こう、渾身の一通を。あさのあつこ『I Love Letter』

 Text/Miiki Sugita
 


I love letter/あさのあつこ/文藝春秋


「認める(したためる)」という言葉の意味を知っているだろうか?
そう、「手紙」とセットで使われるちょっと古風な言葉、という印象が強い。
ズバリ、この本を読んで、私が一番初めに浮かんだ言葉だった。
語源は、1. したたむ=親手む 2.したた=心がこもっていて確かであることなど諸説があり、古語としては、「抜かりなくしっかりと準備する」といった意味で使われていたそう。そして、現代では、1.書き記す 2.食事する 3.整理する、処理する 4.支度するなどとして使われている。

『I Love Letter』。この本のタイトルは、物語に出てくる会社ILLの正式名称。主な業務内容は、文通。つまり、手紙を「認める」こと。
手紙の相手はいつも “問題”を抱えている。
届いた一通は、時にSOSであり、殺人予告であり、密告であり、捜査依頼であり、そして渾身の愛の告白だったりする。
ペンを走らせていると、思いがけず、何かを打ち明けたくなったり、自分すら気づかなかったような気持ちに出会ったり、する。そしてまた、もらった手紙の文字を目で追う時、温度のあるものに触れているような気持ちになったり、思わず見たことのない顔がよぎったり、する。
それは、心に手を動かされ、動かされた手にもまた心が入っているから。
そしてそれが、身体と同じように誰一人として同じではない筆跡(かたち)を以って、そこで熱を放っているからなのだ。手紙を一度でも書いたことがある人なら、この物語の与えてくれる感覚は絶対にシンクロ、またはデジャヴする。

“親”愛なるあなたへ、この“手”で、“心をこめ”て、“確か”な思いで、気持ちの“準備をして”=「書き記す」。
シンプルな形に落ち着いたこの言葉に含まれる、遥か昔の意味たち。
それそのものがもう、手紙のようじゃないか、と私は思う。
そして、「食事をする」という命と直結する作業をも意味するこの言葉に、人の血が通っていることを思わされるのだ。

メールもSNSも即効性があって便利だけど、メッセージを読んだことすらも表示されてしまう世の中に、つい、そんなこと伝えていらねえよ、現代!と言いたくなってしまうこともある。
だって、想像は人間に許された最大の歓びじゃないか。
時間をかけて認めて、時間をかけて届くもの。そして、それが届いた時、言葉は自分の元を完全に離れ、相手の元へ行く。それがいい、それだからいいっていうこともある。
私たちは想像する。
「いつ届くだろうか」「もう読んだだろうか」「どう思うだろうか」
言葉の輪郭は覚えていても、送ったものの一言一句覚えておくことは難しい。でも、それが私たち生身の人間の本来の力量であり、本来の形だ。

手紙がなくても、私たちは多分死なないだろう。
電話もメールもSNSも、あの人への連絡手段は山ほどあるもの。
でも、手紙があって、気づかされること、救われることってあると思う。
あの人からもらった、人生が少し変わるような小さなミラクル。これも、結構あると思う。

▼あらすじ
最高の殺し文句を、あなたに届けたいーー。
「ぼくはママをころそうと思います」
--小学生の少年から届いた殺害予告。
「どうしても、あの恋文を見つけたいのです」
--大女優からの理不尽な依頼。
文通会社「ILL(I love letter)」で働き始めた元引き籠もりの岳彦に届くのは、一筋縄ではいかないワケありの手紙ばかり。
手紙で届いた厄介事には、手紙で立ち向かうしかない……!
メールでは伝わらない想いがある。電話では解決できない問題がある。
稀代のストーリーテラーが、手紙をモチーフに紡いだ物語。